TOPTalk : 対談

小川荒野さん、シベリア鉄道の旅を語る 後編

 

◇小川荒野(おがわこうや)さん プロフィール

画家。
1940年埼玉県越谷市生まれ、現在は春日部市在住。
モディリアーニのひたむきな純粋さとゴッホの情熱に魅せられ画家になる夢を抱き17歳で家を飛び出し自活を始める。その後、スケッチブック片手の旅は日本国内はもとより、ロシアからヨーロッパを中心にアメリカ、中国、インドなど40数ヶ国に及び、「放浪の旅の詩人画家」とも呼ばれ、放浪で得た感性を礎にした「十三月の旅へ」の個展開催は日本各地で200回を越え、作品に共感した多くの方々から支持を得ている。

 

現在、ロシアによるウクライナ侵攻で世界が注視する地域も含め、45年前に鉄路でナホトカからモスクワまで9400`以上旅した時に肌で感じたエピソードを、ミーツギャラリーで個展開催中の小川荒野さんに語っていただきました。 


*前号からの続き…

 

◇停車駅ホーム
シベリア鉄道が停車するのは10数時間から20時間に1回の割合でした。ある駅に停まった時、山羊を連れた地元のおばあさんとお孫さんみたいな2人がホームで立っていました。彼らは乗車するわけではなく、列車の到着時間に合わせて絞りたての乳や地元産のキノコの瓶詰めを売っていたのです。私は興味があったし、山羊乳も飲みたかったので瓶詰めと共に購入したのですが、一緒に付いてきた若い男の子が何故か怒っていました。多分、金額設定がいい加減だったからじゃないかと思います(笑)。それで車内に戻り、まず乳を飲み、次にキノコを食べようとしたら、車内のみんなが馬を呼んでいるみたいに「ダーダー!」と言い始めたんです。この場合の「ダー!」は「駄目!」と言う意味、どうもロシアの食べ合わせを注意してくれたんじゃないかと思います。必死になって止めてくれたお陰で、私はお腹を壊さずにすみました。

 
 

◇歌声列車
列車での長旅だから時間は持て余す程あり、同じコンパートメントにずっと一緒にいるワケだから、若い人たちとは一緒にトランプしたりして楽しい時を過ごしていましたが、ある時、歌好きの私が何気なくロシア民謡を口ずさんだら、若い人は反応しませんでしたが、年配の方々は喜色満面で体を揺すりながら、私に合わせてロシア語で歌い始めました。「トロイカ」「カチューシャ」「ともしび」、私は日本語でしたが違和感は全くなく、いつの間にかおばさんたちは肩を組んで合唱になり、その声が通路を通して車両全体に響き、他からも人がどんどん集まって来て、最後には歌声列車になってしまいました。これって外国人の私がロシア民謡を歌ったのが嬉しかったんだと思うし、絵とか音楽は心や気持ちで国境を越える存在だから、言葉がわからなくても通じたんです。これ信じられないかもしれませんが、本当の話です。

 

◇車内の通路
人間って不思議ですよね。コンパートメントで皆と過ごしている時間はとても楽しいのに、ふと一人になりたいことがあります。そんな時、私は揺れながら通路に立ち、車窓から変わらない風景を眺めていました。ある時、そこへロシア人にしては小柄なおじいちゃんが近づいて来ました。そして、私が日本人であることが分かっていたのでしょう。カタコトの日本語で「若い時、俺は北方領土のサハリンにいて船に乗っていたんだよ」と語り始め、後は覚えている限りの日本の言葉「あっ、花が咲く」「かばん」「くし」等を並べ続け、最後の一言の「スケベ」に思わず笑ってしまいました。しかし、彼は若い頃の思い出を込め色々な言葉を言い終えた後、突如、日本語で「からすなぜなくの?♪」で始まる「七つの子」を歌い始めたのです。あまりのことに私は驚きましたが、郷愁もあったのかもしれません。思わず涙を流してしまいました。

 

◇ウクライナのおばさん
私はスケッチに頼らずイメージを心に留め、後で溢れ出る思い、残像を描くタイプです。今回の個展のDMにした「ウクライナの光と影に」もシベリア鉄道で出会ったウクライナのおばさんがモチーフと言えるかもしれません。その女性は、厳しさとか優しさとか悲しみ、何か抱えているようでとても印象的でした。彼女とは途中で別れましたが、私に向かって最後まで「ウクライナ、ウクライナへいらっしゃい!」と強く誘ってくれたことは強く記憶に残っています。帰国後、おばさんから手紙が届きましたが、引っ越しもあり、残念ながら今も開封せずにどこかへしまいこんだままです。でも、いつか必ずロシア語の分かる方に読んでもらうつもりです。

 

◇旅を終えて…
私がシベリア鉄道で旅をした頃はロシアもウクライナも同じソビエト連邦、一つの国でした。そして、民族的にも二つの国は同じだと言えるし、日常生活での夫婦、親戚、友人関係でロシア人とウクライナ人の組合せはたくさんあるはず。それだけに今回の侵略戦争は、より無惨だと思います。また、私がシベリア鉄道で出会った素敵な方々の子孫たちが、それに巻き込まれていると思うと悲しみは尽きません。一刻も早く無益な争いは終えて欲しいです。

 

小川荒野さんのユニークな体験は、他にまだまだありそうなので、またお話を伺いたいと思います。

終わり

 

*2023年3月3日ミーツギャラリーにて取材

 

(構成・撮影 関 幸貴)

 
 
 
 
Copyright © 2010- Eitaroh Miyajima. All Rights Reserved.