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Friendsには、ジャンルを問わず宮島永太良の友人知人が登場!
毎月、ショートインタビュー、コメント、活動予定をお伝えします。
 

小川荒野さんと宮島永太良が2020年を語った…

小川荒野さんと宮島永太良
 

◇小川荒野(おがわこうや)さんプロフィール
画家
1940年埼玉県越谷市生まれ、現在は春日部市在住。
モディリアーニのひたむきな純粋さとゴッホの情熱に魅せられ画家になる夢を抱き17歳で家を飛び出し自活を始める。その後、スケッチブック片手の旅はロシアからヨーロッパを中心にアメリカ、中国、インドなど40数ヶ国に及び、「放浪の旅の詩人画家」とも呼ばれる。そして、放浪で得た感性を礎にした「十三月の旅へ」の個展開催は日本国内で200回を越え、作品に共感した多くの方々から支持を得ている。

 
小川荒野さん
 


宮島永太良:
(以後M):時間が経つのは速いもので初めて荒野さんにお会いしたのは、1996年の荒野さん個展の時です。雑誌で広告を見て、この絵は絶対観てみたいと思い、小田原から東京を通り越し大宮まで馳せ参じました。その後、何度か個展に伺い、私が当時連載をしていた月刊誌「毎日が発見」で取り上げたいと思ったので、1999年秋に春日部のアトリエで取材を行い、2000年1月号の掲載となりました。それ以後も折りに触れ、お付き合いをさせていただいているのは嬉しい限りです。

小川荒野さん(以後O):こちらこそ、私はあの時の宮島さんの記事がとても気に入っていて、今も個展の際には資料として必ず携えています。それに加えて若い頃から知っている宮島さんが齢を重ねても子どもの頃の純粋さを忘れず、その思い大切にして制作に励んだ作品を見続けられるのは、私自身の刺激にもなりとてもありがたいですよ。

小川荒野さんと宮島永太良

M:私としては、そうした懐かしさと未来への展望を思いっきり語りたいのですが、2020年最後の対談ということで、荒野さんがコロナ禍の今年をどう過ごされてきたのかお聞かせいただければと思います。今回はかなり厳しいテーマですが、よろしくお願いします。

O:はい、80歳を新たな出発と位置付けていた私ですが、その思いはコロナ禍の影響でことごとく潰えました。まず、これまで200回以上行ってきた個展が今年はほとんどできませんでした。その中には2011年の東日本大震災の際にもなんとか開催していただいた埼玉県川口市のカフェギャラリーも含まれています。しかし開催できないというより、したとしても来場できる人がいないという実情が伴いますから、これは仕方ありませんね。

M:私も毎年マルタ関連の企画を行っていたシニアゴルフツァーのファンケルクラシックが、今年は第20回記念大会だったにも関わらず中止になったのが思い出されます。また例年行われてきた日蓮宗の荒行も戦時中以来、初の取り止めになったとも聞きました。これらを始め様々なことを考えても確かに平時とは違いますね。

O:私の個展中止に関して続ければ、ギャラリーが閉じてしまったり、私の一回り下のオーナーが精神的に参ってしまい亡くなったりと、考えられないことの連続でした。気が付けば今年、私の周囲では母も含めて6名が旅立ちました。ただし、これは私だけに限ったことではなく、同じ様なことが全世界で同時進行、そして終息も見えず、人類は苦境に立たされているわけです。こうした世情ですから、2021年に延期になった東京オリンピックも開催できる保証はありません。加えて私たちのような絵描き、音楽家、舞台人といった芸術に関わる人間は、これまでのように自由に動けなくなってしまいました。

宮島永太良

M:確かにコロナ禍で人々とっての楽しみの場所が削られてしまいましたね。

O:全く信じられない状況です。

M:こんな状況ですが、今年、荒野さんは日々どのように過ごされてきましたか?

O:基本的に私は思い出とか過去を振り返らず、これまではアルバムに記録をまとめることはなく、日本各地で行われた個展の資料や写真は、そこら辺のダンボール箱に放り込んであるだけでした。でも、好むと好まざると時間ができてしまったので、本当は嫌だけど、これを機に一度だけ人生を振り返ってみようかなと思い、出会った人や展覧会の記録を生まれて初めて整理しました(笑)。

M:先程の80歳が新たな出発のためにですか?

O:そうです。そのためにたった一度だけ原点を見直して、現状と向き合うのが大事かなと思ったからです。しかし、コロナ禍の80歳の旅の始まりは厳しかった。でも私を見守り見続けてくれる宮島さんたち友人知人がいて力を与えてくれたからこその出発なので、私は「感謝の思い」を胸にしっかり歩んで行きたいです。

M:今年の作品制作はいかがですか?

O:描いています。それで絵描きは絵の中で自分の人生を語って行くのが、本筋かなと思っているのですが、世界を放浪していたから信じられないくらい良い出会いや信じられない素晴らしいエピソードがあるので、最近その体験を本に書かないかという誘いを受け、現在思案中です。

M:私も読んでみたいです。

O:ありがとうございます。

小川荒野さん

M:ところで、絵を描いている時のお気持ちは?

O:次に行くための旅をしたいなと思いながら描いています。

M:制作は順調ですか?

O:そんなに捗ってはいません。というのは、コロナ禍の今の苦しさを表現したくないという強い思いがあるからです。私は別にメルヘンとか夢物語を描くわけではありませんが、苦しさを表現することなく語れる大切なエッセンス描きたいのです。

M:絵の内容を考えているということですか?

O:考えるのではなく、私は感じるタイプなので様々なことを感じつつ描いています。

M:では、つらいだけじゃなくてそれを精神的に乗り越えた思いを描きたい?

O:そうです。宮島さんの絵を見ていて思うのですが、大人になっても子ども心を忘れずに絵を描き続けることはすごいことです。いま宮島さんは明るく輝いていますが、その底には誰にも語れない経験があるはずです。

M:確かにそうです。自分しか分からない苦しさはあり、それが作品に反映されることがあったのかもしれません。また作品を見てくれた人が、私に対して様々なイメージを抱くことは事実です。こんなことを荒野さんと語りあっていると、コロナ禍の2020年が世界にとっても自分にとっても大事な節目の年になるのかもしれませんね。

O:そうした状況だからこそ、そのうちじゃダメ、自分が思ったらすぐに行動しなければならないとつくづく思いました。

小川荒野さんと宮島永太良

M:確かに自分のしたいことを先延ばしにして「いつかいつか」と考えることが多いけれど、それではだめですね。

O:そうです。とにかく全部は全部今すぐできなけれど、やりたいことがあったら無理してでも今やらなければいけない「まず行動することが第一だ」と、コロナ禍の2020年は思い至りました。

M:お話をありがとうございました。是非、次の機会も設けたいと思います。よろしくお願いします。

O:ありがとうございました。

  

終わり


  

取材:2020年12月15日 Meets Gallery

 

(撮影・構成 世紀工房)

 

「政岡玄ちゃんの音楽便り」第65回

みなさん、お元気ですか!
玄です♪

今年も大変お世話になりました。
2020年はコロナから始まり、尊敬する父親が天国へ旅立ち、
大変な年でしたが、みなさんの暖かい応援に励まされ
無事に1年を終えられそうです。
どうもありがとうございました。
皆様もいろいろあったのではと思いますが、
来年も笑顔溢れる日々を過ごされる事を願っています。

政岡玄ちゃん

そして、また《政岡玄YouTube》の新作出来ました。
11/14(土)〜15(日)コロナに負けず開催されたということなので、
【横浜日ノ出町発】《水辺ミュージシャン》と名付けられる
きっかけの数年前の動画を YouTube にあげてみました?
【政岡玄YouTube】は、こちらになります♪
↓↓↓
https://youtu.be/PwCo6rAzanQ

【政岡玄YouTube】

横浜運河のほんの一部ですが、なかなか見られない景色だと思います。
加えて縁起が良い《玄さんぽとパワースポット巡り》の
動画などもアップしています?
☆気に入っていただけたら【いいねボタン】と
【チャンネル登録】も是非よろしくお願いします。

政岡玄ちゃん

冬も本番を迎えました。どうぞ体調崩されないよう、
良き新年をお迎えくださいませ。

みなさんに、Love&Peace♪
平和な日々を願っております。
2021年もどうぞよろしくお願い致します?

【政岡玄】



(文・写真提供 政岡玄)

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