TOPTalk : 対談

金大偉さん 特別絵画展「桃源郷 Earthly Paradise」を語る

 
 

◇金大偉(きんたいい)さんプロフィール

中国遼寧省生まれ。父は満洲族の中国人、母は日本人。来日後、独自の技法と多彩なイマジネーションによって音楽、映像、美術などの世界を統合的に表現。近年はアジアをテーマに音楽や映像作品を創作するほか、映像空間インスタレーション展示、絵画展、ファッションショー及び映画の音楽制作、演劇舞台の演出、国内外にて音楽コンサートやイベントを行い、様々な要素を融合した斬新な空間や作品を創出している。

音楽CD『Waterland』('97)、『新・中国紀行』('00)、『 龍・DRAGON 』('00)。また中国の納西族をテーマにした『TOMPA東巴』('03〜'07)シリーズ3枚を発売。『冨士祝祭〜冨士山組曲〜』('14)、『鎮魂組曲2 東アジア』('17)、『マンチュリア サマン』('18)など22枚リリース。映画監督作品は、『海霊の宮』('06)『水郷紹興』('10)『花の億土へ』('13)『ロスト・マンチュリア・サマン』('16)、アート映像『シマフクロウとサケ』('21)などある。また自身の表現世界や創作への思想などをまとめた著書『光と風のクリエ』('18)などがある。

web
http://kintaii.com
https://www.facebook.com/taii.kin

宮島永太良が20年以上親交のある金大偉さんと特別絵画展について語り合った


宮島永太良
(以後M):今日はよろしくお願いします。いきなりですが、最初の質問です。11月に銀座のミーツギャラリーで開催される金さんの個展で久々に作品を拝見することになりますが、今回も月をイメージしていますか?
金大偉さん(以後K):はい、月と陰陽は意識しています。と言うのも私の表現には、常に陰と陽のイメージがあり、その世界観を出したいと思っているからです。今回のDMでも「夜の中の昼、昼の中の夜」を表現してみました。

 

*『第一の桃源郷』(左)、『第二の桃源郷』(右)

M:それは「陽」だからと言って全てが「陽」でなく、その中にも「陰」が含まれると言う意味ですね。
K:そうです、「中庸」と言う中国的な考え方かもしれません。両極の世界と言っても太陽と月は同じ空間にあるし、男の中にも女性的なモノ、女の中に男性的なモノがあり、分けられないのが現実だから、アートの世界ではどちらを選ぶと言うのではなく、両方とも入って来るのが必然と考えます。もちろん私は男だから男性的な面が強いけれど、その中へ反対の部分を引っ張り出していかないと、表現が物足りないし、不完全になる意識が強いからです。宮島さんも絵を描く時、同じような経験はありませんか?

M:確かに男と女をはっきりふたつに分けるのは難しいです。それを色に置き換えて考えてみると、暖色と寒色ってありますね。私の感覚で寒色と言えば、ブルーしかない気がします。でも、ブルーが本当に寒色かと言えば、時と場合、作品によって暖かく見えることもあるから、寒色だと断言できない気もします。だから、本質的な意味とは別に個人の感覚で男女を分けるのは、暖色寒色同様に難しいと思いますね。
K:個人の陰陽の感覚って大事だと思います。相対的な関係だけじゃなく、私にとっての表現は、音楽と映像と絵の世界があります。その中で、どれがメインかと言えば、状況で変化します。やはり絵で表現できるものは音楽ではできない、逆もまた然りで、そこから今回は特別絵画展「桃源郷 Earthly Paradise」として発表させていただきました。

M:金さんにとっての「桃源郷」とは?
K:イギリスの思想家トマス・モアが1516年に出版した著作に登場する架空の国家「ユートピア」に近いかもしれませんが、私にとってはアジア的な意味が強いです。「ユートピア」と「桃源郷」、どちらも人間の理想郷であるのは違いないし、今はコロナ禍で、そのうえ戦争も起きて大変な時代です。だから、「桃源郷」は私のテーマであるだけではなく、多くの人々のテーマと言えるかもしれません。

 

M:では、誰もが「桃源郷」を求めている時代に絵での表現はどうですか?
K:「桃源郷」が実在するワケじゃないからかなり難しく、自分の中の理想郷、幻覚ではないけれど、見えそうで見えないイメージを絵にしてみました。ただ、「桃源郷」は今回の特別絵画展だけじゃなくて、私自身が20年ぐらい前から持ち続けているテーマで、毎年なにかのタイミングで描いているので、11月は10数年前の作品から最新作まで展示することになります。

M:改めて「桃源郷」のイメージとは?
K:また対比になりますが、トマス・モアはルールを決めれば、「ユートピア」は「良き管理社会」として実現できると考えていたと思います。しかし、それと「桃源郷」は異質で、ユートピアが崩れた後に現れる「逃避的な世界」と言えるかもしれません。つまり、カタチを作ろうとする西欧とは違い、老子の道教などの影響を受ける東アジアの「桃源郷」は、消極的で、自己主体的な思想「自分の幸せは自分にしか分からない」をベースにしていると、私は考えています。

M:「ユートピア」と「桃源郷」、確かに日本でもイメージは違います。言い換えると、「ユートピアは万人の幸せ、桃源郷は個人の幸せ」ですね。
K:そうです。そこから湧き出たイメージで様々な「桃源郷」を描きました。その難しさが、うまくお客様に伝われば嬉しいです。

M:今回の「桃源郷」は、金さん個人の表現だと言えるかもしれないけれど、作品を観た方が、金さんが意図していなかったことをくみとる場合がありますね。
K:あります。自分が思いつかないことや意図していない部分がいつの間にか作品に現れ、それにお客様が反応することがあります。でも、私は絵も音楽も即興的なことが好きなのと同じで、発表の場でひらめきを与えてくれるそうした現象は好きです。宮島さんもそうではありませんか?

 

M:私も自分の絵を観てもらった時、自分が全く考えていなかった反応があると、必ず次の創作に影響します(笑)。
K:多くの人は、作品を観て作者の意思とは違うイメージを捉えます。そして、作者としては違う捉え方があったんだと認識。この自分では気がつかない新しい解釈が、とても楽しいと思います。

M:作品を通してのコミュニケーションですね。
K:そう、そうしたお客様の反応は、驚きと同時に喜びでもあります。音楽でも同じことが起きます。私の曲を聴いたら、気分が良くなって考えが変わった。そういうつもりで作った訳ではないけれど、全く違う反応が凄く嬉しい。それは1枚の絵も写真も同じであると思います。

M:つい最近ですが、SNSに絵をアップしたら「勇気をもらいました」とコメントがあり、嬉しかったです。描いたかいがあると言うものです。
K:そうしたことから、絵を通して他者との繋がりが感じられますね。

M:あと気になっていることが一つあります。かつて観た金さんの個展でインスタレーションに水を使っていたことが多かったと記憶していますが、今回はいかがですか?
K:水のような柔軟性のある考え方は大切です。だから、今回も水は絵の中に多用しています。今回の展示中に公開する映像の中にも水は登場します。

 

M:「水は方円に従う」ですね。
K:確かに水は柔軟性によってどこへ入れても収まりますが、時として水は信じられない力で人間を破壊します。そのことも忘れてはいけません。

M:恐ろしい津波、洪水、実際の水は軟らかさだけではありません。
K:そう、中国で水と言うと龍をイメージします。だから揚子江も黄河もとてつもなく大きな龍なのです。ところで宮島さんの中にも桃源郷的なイメージはありますか?

M:難しい質問ですね。答えになるかどうか分かりませんが、他人の評価を気にせず、自分が満足するため、気持ちを落ち着けるために絵を描いている時が、それに近いかもしれません。
K:自分のためだけの絵ですか? それを公にしたことはありますか?

M:公にしていない作品もいっぱいありますが、たまたま人に見せたら意外に受けました(笑)。
K:言われてみたら、私も人に見せたり、聴かせたことのない作品がありますよ。あと映像作品とかはタイミングが来ないと発表できない作品もある。神様や天から合図が来るのを待っている感じです。

 
 

*金作品「春の迷宮」

M:話していて思い出しましたが、かつて、こうした絵を描こうと言うはっきりしたイメージがあったのに4年経って、やっと描いたことがあります。今にして思えば、色んな事情もあったけれど、そのタイミングしかなかったかなと思います。
K:それ凄い。運命的なことってあるし、出してはいけない時期もあると思います。仕事もそう、色々な事情でできないけれど、あるタイミングで全部できてしまうことがあります。だから、タイミングを待つのは大事で、それが来ないと発表してはいけないのかもしれません。

M:作品発表以外にもタイミングってありますか?
K:かつて映像の撮影で某所に通っていた時のことです。何度通っても全然うまく撮れないし、撮ったとしても全然満足できませんでした。天候も自分の調子も悪くないのにです。ところが、ある時、そこへ行ったら前とは信じられないくらい快調に撮影することができたのです。

M:全く同じ場所で?
K:同じ場所です。うまく言えないけれど、「自分の意識が変わった瞬間に風景も変わる」そんな感覚でした。その時、そこの自然に認められ、自然と自分がリンクしたと言えるかもしれません。こうしたことは何度か経験していますが、理由は今でも分かりません。

M:撮りたい場所があったら、最初はうまく行かなくても諦めちゃいけないことですね。
K:そうです。1回で諦めたら、チャンスは来ません。特にアートの表現世界は神秘的な力が働いている気がするので、気持ちとタイミングが大切だと思います。

 

M:要は制作も発表もタイミングですね。では、今回の特別絵画展も?
K:はい、今年がタイムリーだと思います。ここ3年間のコロナ禍、気象変動、戦争、地球規模の問題が山積する現在、知らず知らずのうちに「桃源郷」を求めている人が多いと思います。もちろん私もですが…

M:ロシアとウクライナの戦争が終わったら、世の人々はそれだけで幸せを感じるのではないかな。とにかく、こんな時期なので、音楽もビジュアルも含めた金さんの「桃源郷」に触れていただき、心が穏やかになってくれたら、私は嬉しいです。
K:世界情勢を見て行く中で、いま私たちは、何処へ向かうべきなのか迷っている時期だと思います。カオスと混迷の現在ですが、「桃源郷」が最後の場所と言い切れません。ひょっとすると、意味合いの違う「桃源郷」と「ユートピア」を融合にした方が、より良い理想郷になるかもしれません。そんなことを考えながら、「桃源郷 Earthly Paradise」をご覧いただければ幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

M:今日はありがとうございました。

 
 
 
 
Copyright © 2010- Eitaroh Miyajima. All Rights Reserved.