ロコ・サトシさんインタビュー第2弾!
◎ロコ・サトシさんプロフィール
◇1970年代後半から桜木町の高架下で壁画を描き始め、 ウォールペイントの草分け的存在になる。 1989年開催された横浜博覧会で最大級パビリオンのペイントを行う。 以後、自身の制作活動と同時進行で、子どもたち向けのワーク ショップや絵本の執筆など、アートで多岐にわたる活動を展開。 1989年から、5〜6年間、日米を往復しながら制作活動を行い、西海岸サンディエゴのバル ボアパーク・カルチャーセンターにはロコさんの作品が数多く残されていると言う。 2006年から、横浜市中区に「アートランド」をオープン。 |
今号では、ロコさんに「絵を描く意味」について語っていただきました♪
ロコ・サトシさんへのインタビュー Q&A
編集部(以後・Q):
ロコさん、絵を描くのにはどんな意味がありますか?
ロコ・サトシさん(以後・A):
人間の感性を具現化する芸術表現、音楽やダンスを周囲に披露しようと考えると、どんな分野でも練習や楽器が必要になる。
でも、それに比べると絵は、もっと気軽で石ころとアスファルト、鉛筆と紙、最小限の道具があれば、誰でも練習しなくてスッと描け、人に見せられるし、ボクの様な練習嫌いのサボリマでも、描き上げれば完結。
つまり、絵は良くも悪くも、万人向けの楽な表現手段。
アイデア次第で不思議な表現もでき、人間が生きて行く上で、自分の心の救い手になるものだと思う。
Q :自分の心を救う?
A :そう。 後で誰かが、絵を見てくれれば言語や国境に関係なく、描いた心が直に伝わる可能性があり、才能あるなしに関わらず命がある限り相互理解の手段に十分なり得ると思う。
Q :そう考えると、絵の存在は重要ですね。
A :でも、ちょっとシニカルな見方をすると、この世に本来的には美術はない方が良い。
Q :えっ、そうですか!
A :ボクは、争いや差別がないプリミティブな世界って美術は必要ないと思っている。
だから、スペイン / アルタミラ洞窟の壁画にしても『こんな動物を獲った!』と、記録しただけのこと。
美術も含めた芸術は、格差や戦争と言った社会的不安を中和、埋め合わせするために生まれたと考えている。
人と人との格差が、広がり、そこから歪みが生じるのと同じに芸術も深みを増す様に至ったと思う。
Q :平和な時こそ芸術が成熟する気がしていました。
A :『平和』を考えたのも人間。だから、プリミティブな世界には『平和の概念』がないはず。
Q :そこは、芸術も文字も必要ない世界ですね。
A :たまにメディアで、未だかつて文字のない未開の文明を目にすることがあるけれど、見ていると、伝承を感覚だけで繋いで行くのは凄いと思う。
Q :でも、現実の社会には芸術が存在しています。その意味は?
A :さっきも少し触れたけれど、芸術の存在は社会的な潤滑油として意味があり、格差を埋め、お互いが理解し合える手段だと考えている。
加えて、ボクが直面している課題だけど、預かっている子どもたちの中には、ハンディキャップのある子もいて、将来的にその子が生きて行くためのスキルとして美術の力、技術を伝えている。
あと、ボクからの要望だけど、近い将来に美術音楽等の芸術系の教科は大切な『心の栄養』だから、学校での点数、評価をなくして、体のおける酵素の様な存在にしてくれたら嬉しい。
そうすれば、個々人の気持ちに幅ができ、色々楽しい発想ができると思う。
話は変わるけれど、ヨーロッパの教育のひとつに、クラスで優秀な子が弱い子を助けるパターンがあると聞いた。
日本では、『自分さえ良ければ』が大勢だけど、そうすると、横の繋がりがドンドン希薄になり、国家存亡の要因にもなりかねない。
そんな状況を招かないために『心の栄養』をどんどん吸収しなければいけないと思う。
Q :さて、最後の質問です。
6月27日(木)から始まるアラメア本舗企画展『ART de FUKKO』〜地球災害救助隊〜についてお聞かせください。
A :ボクは、これまでコンクールで賞を狙う芸術至上主義とは、違う道を歩いている。
でも、出品する人の意識の高さを求められるアンデパンダン展は面白く、今回の企画展の参加アーチストたちは、これまでボクが語ったことを潜在的に理解している『アートの守護神』と考えている。
だから、キット面白い展開が待っていると思うよ。
会期中、長者町に遊びに来たら、良いシーンに出会う可能性は大(笑)。
ありがとうございました。