フォトグラファー関大介さん登場!
◎関大介(せきだいすけ)さんプロフィール
物心がついた瞬間は、横浜市港北区日吉在住。 世間的には東京都目黒区出身。 1977年4月5日生まれ、牡羊座、B型。 高校から慶應義塾。 2000年、法学部政治学科を卒業。 美術書の編集手伝い、web制作会社の販促を経験しつつ、 2002年銀座コダックフォトサロンにて個展を開催。 以降、職業写真家として、雑誌、web、広告、個人撮影などで フリーランスとして活動中。 仕事は人物、作品は風景が中心。 父、関幸貴もフリーの職業写真家。 所属する世紀工房は実家の家業。 |
関大介さんへのインタビュー Q&A
編集部(以下Q):
子どもの頃は何になりたかったのですか?
関大介(以下A):
幼稚園のときは「絵描きさんになりたい!」と言っていたようです。 でも、卒園式で将来の夢を聴かれたときは、「パイロット」と答えてしまいました。
Q :パイロットにもなりたかった?
A :いえ、全然(笑)。
ただ、そのときは園児が車座になっていて、先生がひとりづつ順々に何になりたいかを訊いていくんです。
すると、初めの2、3人こそバラついてますけど、段々と男の子はパイロットかお医者さん、女の子はスチュワーデスか看護婦さん、って答える流れが出来てしまった。
Q :…で、関さんの番が来たときには?
A :やはり「パイロット」と。
医者だけはありえないと確信していましたが、なんかそのときだけは、絵を描くことが途方もなく難しいことに思えて…。
飛行機のパイロットだってそうそう就ける仕事でもないのに、それは思いつかない(笑)。
Q :そう答えて、後悔しました?
A :それはもう、すごい勢いで(笑)。
子どもなりにも、答えた直後にも違和感はあるんです。
自分の信念を曲げてしまった気まずさもあるし、やっぱりパイロットも大変なんじゃないか、絵描きのがラクなんじゃないかって、考え直すんです。
あくまで、ラクかどうかで判断しているのは、我ながらどうかと思いますが…。
で、卒園式が終わると、今度はその答えを母親につっこまれるんですね。
なんでパイロットか、と。
当然ですよね、それまで一度も、思ったことも言ったこともないんですから。
でも、こちらもつっこまれる前に分かりきっているので、いざ指摘されると、アタマにくるわ、悔しいわで、絶叫と涙で前が見えなくなったのを覚えています。
完全に逆ギレですが(笑)。
これまでの短い人生を振り返っても、いちばん自分が情けなく思えて悔しかったのが、この瞬間です。
Q :あらあら…
A :で、その日以来、後悔するような決断はゼッタイやめよう!と心に誓いました。
いや、誓ったというか、トラウマになったのですね。
プチ・トラウマに。
もう少し大人になってからの方が、悔やんでもよさそうなことがいろいろあった気がするんですけど…そういうことは記憶に残っていない(笑)。
結果、成り行きなんですが、いまは周囲の皆様のおかげで、なんとか撮影の仕事をさせていただいている次第です。
Q :写真家であるお父上の影響もあったのですか?
A :もちろん、ありました。
でも、気になっていた他の仕事に就けたことで、初めてカメラマンになりたいと思ったのも間違いありません。
大変なこともありますが、今の仕事を選べて幸せだったと思っています。
Q :ご自身の写真作品のテーマは何ですか?
A :特に決めていません(笑)。
ただ、写真って、結構面白いものだっていうことは、いつも伝えたいと思っています。
たとえば手軽さ。
カメラさえ持っていれば、こんなに出入力の速いメディアなんて、他にありません。
デジタルになって、いよいよですよね。
一枚の写真からも、いろいろなことが読み取れますが、たとえば文字で書くよりも写真で撮った方が速いことはたくさんあるし、読む側に立っても、文章では長々しくなりそうな事柄も、写真に収まっていれば一瞥で済んでしまうことがたくさんある。
そういったメディアとしての素早さや正確さを面白さとして伝えたいと思っていますし、そのためには早撃ちでなければならない。
*撮影 / 関大介
Q :早撃ち?
A :銃ではないんですけどね。
即決、即断、早撃ち。
そのときの気分や驚きを写真に収めて誰かに伝えたければ、あんまりモタモタしていると情景だけでなく、自分の意識や興味も撮り逃して説得力のない写真になってしまいます。
演出にこだわる写真の面白さもありますが、こういった自分の問題意識に忠実であろうとすると、どうしても早撃ち志向になりますね。
Q :宮島永太良さんとの出会いは?
A :父の撮影の仕事に付いていった際に、個展会場でお会いしたように記憶しています。
それが縁で、今年の『花まつり』にも参加させていただきました。
Q :その際に作品を観た印象は?
A :初見では、明るい絵だなあ、と思いました。
トーンがとてもポップなんですよね。
新幹線も走っていたりして、自然とワクワク感が伝わってくる。
たぶん、こちらも自然体で観ないと理解――というか体感できない気がして、なるべく頭で考えないように観たのを覚えています。
Q :それはいつごろのことですか?
A :おそらく7、8年前だと思います。 ただ、その後、今度は父とともに作品の撮影に立ち会うようになって、少し印象が変わってきました。
Q :どんな風に?
A :上海での個展前、宮島さんの作品を大小200点ほど何日かに分けて撮影したのですが、撮影後の画像処理は主に私がするわけです。
画像は重く分量もあるので、作業が続くと、どうしても疲れてきますよね。
で、そうしてこちらが少し弱ってきてから初めて気付くのですが、宮島さんの作品には明るかったり、楽しかったり、不思議に思えたりする個々の印象とは別に、こちらのエネルギーを削ぎに来ない、優しさみたいなものも感じられたんです。
どれも個性的な絵なのですが、押し付けがないんですね。
このとき作品すべてにとても紳士的な印象が加わって、宮島さんの佇まいと作品とが、キレイに重なったような気がしました。
Q :最後に宮島永太良さんへ、これからの希望をお願いします。
A :若輩の私から希望を述べるなんて畏れ多いですが、お互い自然体で作品を作っていければ何よりかと思います! 今後とも、どうぞよろしくお願いします!
今日はありがとうございました。