TOPTalk : 対談

「高齢者施設におけるアートの楽しみ方と効果」後編

2018年11月ミーツギャラリーで行われた勉強会、第4回「未来への健康とアート」の講師/間下紗卍さんのお話を再構成し掲載させていただきます。

 
間下紗卍さん
 

◎間下紗卍(ましたしゃまんじ)さんプロフィール

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だるま作家。
老人福祉施設/春陽苑内クリニック臨床工学技士。
1977年 埼玉県川越市生まれ 天秤座 A型。
東京電子専門学校 臨床工学科卒業。
ミーツアートクラブ会員。

 




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日本での「医療とアートの取り組み」

医療に芸術を取り入れる活動は「ホスピタルアート」「ヒーリングアート」などと呼ばれ、欧米で広く普及していますが、国内でも徐々に浸透し、建て替えや改築を機にアート作品を採用する施設が増えています。それを支援するNPOなども生まれ、最近では芸術系大学との連携も目立ちます。

某地方都市の美術工芸大学は2009年度から、某市立病院を舞台にアートの潜在的な可能性を探り、大学、患者、病院関係者の3者による「参加型プロジェクト」を掲げ、待合室の窓ガラスをセロハンでステンドグラス風に装飾。病院を美術館に見立てて患者や職員の芸術作品を展示するイベントなどにも取り組んでいるそうです。

某美術工芸大学教授は「自分だけで完結する作品作りから離れることで、学生の創作活動にも奥行きがでる」と指摘。今後は学生のこうした取り組みを大学での単位として認定するなど「カリキュラム面の方策も講じる必要がある」と語り、快適な環境づくりだけでなく、職員のやる気を高めるなど副次的な効果も期待される。無機質で冷たい—、こんな印象が強かった病院が変わりつつあります。また、ある大学の新設学科では、ホスピタルアートの歴史から企画・実践まで体系的に学ぶ講義を導入。講義を担当する講師は「患者には治療だけでなく、心のケアも欠かせない。医療とアート双方の現場を橋渡しできる人材を育成したい」と語っています。

地方都市イメージ

医療への芸術の活用は患者が自ら創作に関わるケースと、絵画などを鑑賞する受動的なものがあり、いずれも心身の癒しに役立つことが知られています。日本芸術療法学会の大森健一理事長によれば、既に古代ギリシャ時代にはウツ状態の治療に音楽が有効とされていたそうです。以前は医療としての位置付けが曖昧でしたが、医師や研究者らの工夫で治療技術技法も進歩。現在では「芸術療法」として精神疾患をはじめ様々な病状に応用され、絵画やコラージュなど視覚的な表現から、箱庭、陶芸など造形、詩歌、音楽、舞踏まで、分野も幅広く活用されています。

ただ、患者の症状によっては良い効果ばかりではないそうです。活用する芸術活動は医師らがもともと興味や関心を持っていた分野が多いのですが、それが患者に合うとは限らず、作品の芸術性や特異性に引き込まれ、患者が負担や苦痛を感じるほど表現させて治療であることを見失うリスクもあるそうです。大森理事長は「あくまで芸術療法は投薬など本来の治療を補完するもの。全てが心の救いなどにつながるわけではなく、状況に応じ中止も必要だ」と指摘。看護師や臨床心理士なども含めた多職種が連携し、緊密に情報交換しながら活用する必要があるとしています。

 

日本の医療施設での実際例

大阪府堺市にある耳原総合病院にあるリハビリテーション室。壁面には森をイメージしてデザインした約1メートルの樹木が何本も描かれ、近くでは患者が自転車型の運動機器でリハビリに励んでいます。果実に見立てた椅子やベッドはオレンジや黄色など色鮮やか。入院中の女性患者は「部屋が広く見えて不安感がない。穏やかな気持ちで治療に向き合える」と話し、待合室の床や検査室の壁には草花を描いたパステルカラーの銅版画を配置。

耳原総合病院

小児科病棟の壁にはこびとの世界をイメージした樹木を描き、本物の木琴も掛けて子どもたちが楽しめるようにし、入院患者は院内の絵画や版画を病室に持ち込むこともできるそうです。耳原総合病院がアートに要した費用は約3400万円。「医療機器の購入に割くべきだ」と主張する職員も多かったが、その後のアンケートでは「患者や家族が癒されている」など肯定的な反応が大半を占めた。院長は「職員も心にゆとりができてコミュニケーションが活発化し、雰囲気がよくなった」と喜んでいるそうです。

埼玉県北本市にある北里大学メディカルセンターは「絵のある病院」の先駆けです。2015年にマラリアの新治療法を開発しノーベル賞を受賞した大村さとし特別栄誉教授らの研究収益を基に建設。絵画に造詣の深い大村さんの提案で廊下や病室に約300点が飾られ、美術館と見まがうほど。所有作品は約1700点に及び、定期的に展示作品を入れ替える。また、敷地内には記念館があり、研究成果の展示と併せてコレクションの常設展示も行われている。

北里大学

開院当時から施設管理に携わった戸井田さんは、10年以上前、ある女性患者が発した「もう一回人生をやり直したい」の言葉を忘れられないそうです。彼女は展示された著名画家の作品を見て感動、治療に向き合う勇気が湧いたという。まさに「絵には患者の心を癒す効果がある」の実例と言えます。

 

臨床美術士とは?

今回色々と調べているうちに興味深い組織を見つけたので紹介させていただきます。専門的な訓練を受けた臨床美術士の社会的な信用を確立するために、日本臨床美術協会が資格の認定を行っています。全国の指定校や各地で開催された「臨床美術士養成講座」を修了された方々へ認定試験を実施し、申請書類を提出していただきます。試験課題や書類等を受理後、審査を行い、5から1級の資格を交付しているそうです。

臨床美術士

協会の代表の方は、「患者が描いた絵を通じて心理状態を分析する芸術療法(アートサイコセラピー)とは異なり、参加者自らがアートを創作することで自らを変え、自己実現を目指します。中でも認知症とは、これまでの人生で獲得してきた機能をひとつずつ失っていく病気です。日常生活の中で自信を失い、イライラし、悲しみを抱く。家族も同様に苦しみ、つい声を荒げてしまい、それを悔んだりする毎日です。そんな中で作品を生み出し、それを他者に褒められると、自信が生まれ、生きる意欲を取り戻します。自己肯定感や生活の質の向上にもつながっていく。それは家族にとっても救いとなります。患者に優しく接することができ、参加すれば、介護疲れの中での休息になるのです。そして、プログラムの最初は歌や体操、題材にまつわる話などでリラックスした雰囲気をつくり、アート制作後は作品展示し、鑑賞会を行う。品評会のように作品に対するアドバイスや優劣を付けるのではなく、どんな絵でも褒めます。どんな絵にも必ずいいところ、私をハッとさせるところがあり、それを見つけられなければ臨床美術士である私の感性が鈍っていることになり、本気で褒めていることが伝われば、患者さんも顔がパッと明るくなります」とお話しされていました。これは医療・福祉の場面に限らないものであるかもしれませんね。

 
春陽苑

最後は私が勤めている春陽苑の話題です。春陽苑では季節のお茶会、生け花クラブ、近隣の高校生たちによるミニコンサートなど様々なアーツイベントが行われています。しかし、そのようなイベントは毎日できるわけではありません。それで、今回お話しをさせていただくことになり、苑内でアーツが散見できることに気が付きました。これらは、決して偶然ではなく、施設のトップが経験的にアーツの効果をご存じであるが故の必然なのではないでしょうか。こうした医療とアーツが連携した施設がこれから増えて行けば日本の未来に明るい光が射すのではないでしょうか。今日はありがとうございました。

おわり

 
(構成・撮影 関 幸貴/画像提供 間下紗卍さん)
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