TOPRoad : つれtakeロード

Road : つれtakeロード

 

モンゴル 前編

9月の後半、宮島永太良は中央アジアのモンゴルに旅立った。今回は知人が所属するロータリークラブのゲストとして、また首都ウランバートルの病院訪問を兼ねての旅行であった。

モンゴル 前編

成田空港から直行便で約5時間30分のフライト。モンゴル・ウランバートル近郊のチンギスハーン空港に到着したのは日も沈んだ後のことだった。北はロシア、南は中国と接するモンゴル。かつては「モンゴル人民共和国」と呼ばれていたが、1992年より「モンゴル国」と改められた。国土は1,566,500km2と日本の約4倍ながら、総人口は330万人前後と日本の約36分の1だ。国連加盟国の中では最も人口密度が低いことで知られるが、それもそのはず、日本の4倍の広さの土地に、横浜市ほどの人口しかないのだ。

モンゴル 前編

親日国としても知られ、ある調査では国民の7割が「日本に親しみを感じる」と答えているらしい。
「コロナ禍の影響もあり、4年ぶりに外国の地へ来ました」と語る宮島。
久々に訪ねた外国だが、意外にもよそよそしい感じはしなかった。
「20代で初めて海外に旅行したころは、どこに行っても同じように見えてしまうのがやや不満でしたが、今ではその地に着くと、なんとなくその場所の特徴、空気がつかめるようになりました」
空港を出ると、旅行者一行とともにバスで向かうはウランバートルのホテル。ここモンゴルは、車は右側通行である。
「これまで行った外国で、日本と同じ(車が左側通行)なのはニュージーランドだけだった記憶があります。イギリスの統治下だった影響でしょうか。イギリスには行ったことはないのですが」
途中、遠くに発電所を見るが、それがなんとも綺麗なネオンで輝いていた。

モンゴル 前編

そしてホテルに到着する前に寄ったのは夕食をとるためのレストラン。モンゴルの旅は夕食から始まった。まず斬新なメニューは塩の入ったミルクティー。これがとても美味しい。
「紅茶に砂糖を入れることはありますが、塩は初めてです。しかもこんなに美味しいとは」
日本でも簡単に試せそうだ。「モンゴルの食べ物は日本人には合わない」といった噂を、来る前からちらほら聞いてきたが、そんな噂を次々と覆すように、かぼちゃのスープ、焼きプリン、牛のステーキといった絶品が運ばれる。確かに「肉多し、野菜少なし」の傾向はある。しかし味はどれも良い。食事が終わって店を出ると、隣にはコンビニがある。「CU」という名のこの店は、現地でも大手らしい。看板には「nice to CU」と書いてあり「See You」とかけたのだろうか。

モンゴル 前編

ウランバートルはモンゴル随一の都市。国の人口約330万人のうち、約100万人がウランバートルに在住しているのだ。ビルがひしめき立つが、そんなに高いビルがある印象はない。宮島ら旅行者が泊まったホテルは、やや内装進行中の様子が見てとれたのが、この都市の特徴を表している。どこかがまだ作っている途中、という建設施設もちらほら見受けられた。

モンゴル 前編

2日目からは本格的にモンゴルの視察が始まる。都会のウランバートルを徐々にバスで離れて行く。建物も徐々に少なくなり、だんだんと、草原が広がる様子が見えてきた。進行方向右には鉄道が見えるが、かの有名なシベリア鉄道であることがわかる。もっともここに走るのは本線ではなくバイパス線のようだが。この時は石炭を運ぶ列車が走行中であった。

モンゴル 前編

モンゴルの道路事情は良いとはいえず、乗っているバスもしっかり手すりに捕まっていないと振り落とされそうだ。かと言ってシートベルトの習慣があるわけではなく、バスにもある席とない席とがあるのが怖い。バスも時として時間を稼ぐために、道路でない所を普通に走って行ってしまうのも、この国では普通にあるようだ。(合法かどうかは謎)そんな時のバスの揺れは言うにも及ばず、軽いジェットコースターを思わせる。

モンゴル 前編


ウランバートルから東へ54キロ、最初についたのはチンギスハーン像である。騎馬像の形で、全長30メートル。この像の下は資料館になっており、チンギスハーン以下歴代の皇帝の肖像画が一同に掲示してあるのが圧巻だ。中央のホールでは、モンゴルの民族音楽と舞踊が披露されるが、この後さらに本格的なものを見ることになる。
ハーン像の途中まで、階段で登ってみることができるが、あらためてここから景色を見ると「モンゴルの大地は果てしない」と感じてならない。

モンゴル 前編


この像の下では、馬やラクダに乗れたり、ワシやタカを肩に乗せられるサービス(?)がある。宮島もラクダに5分間だけ乗るチャンスと、ワシと触れるチャンスを得た。
バスに揺られてさらに2時間以上。2泊目の宿泊所テレルジ国立公園のキャンプ場に来る。古来よりモンゴルの遊牧民が住む移動式住宅「ゲル」が並ぶ所で、観光用の宿泊施設としても機能しているようだ。このゲルという住宅は、布のテントと木製の柱をメインに構成されており、解体して持ち運ぶことができる。モンゴルの遊牧民が家畜とともに移動の旅を行なう上で考え出されたものと言えるだろう。

モンゴル 前編


キャンプ場中央には現地の食事を出すレストランもあるが、ここで食す羊の肉もまた美味であった。ゲルの中は、日本人の感覚からすれば半分は外のようなもので、この時期はしっかり着こまないと、寝ている間も少し寒い。わずかであるが暖房も少し効いていたのは助けだった。
モンゴルは真冬にはマイナス30度まで下がることがあり、逆に真夏は40度にまで上がることもあるという。その差70度!年間の気温差とはいえ、これだけ極端な地域も珍しいだろう。

続く

 

(文・写真 宮島永太良)

 
 
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