アートが気になるインタビュアーが宮島永太良を探る!
「宮島永太良研究」第21回 数字
Q=アートが気になるインタビュアー/A=宮島永太良
Q:前回は、宮島さんがよく描かれる「虹」のような形の話から始まり、実際の虹の中では、限られた範囲の中に無限の色がある、という話までお聞きしました。また無限という概念は宮島さんにとって数字にも共通するものだったのですね。
A:そうですね。数字は本当に興味深いです。数字というのはある意味、宗教にも通じる宇宙観を持っているように思います。でも実を言うと、もともと私は数字を数えるのが苦手です。
Q:それは意外ですね。
A:昔から、「億の上の数字は」「兆の上の数字」は、ということには興味がありましたが、日常の買い物の支払いなどでは、金額を間違えてしまうことがしばしばです。特に、自分がお金をもらって、なおかつ釣り銭も渡さなければならない等という時はピンチで、相手が待っているという焦りも手伝って、念入りに計算しないと本当に間違えてしまうのです。
Q:ああ、思い当たります。私もそういう経験が多いです。
A:だからこの場を借りて宣言します。今後私とお金のやり取りをする機会のある方は、気が遠くなるほどの時間をご覚悟下さい。
Q:わかりました。私も今後宮島さんとそのような機会があったら、何時間でも待ちます。
A:心強いです。ついでに言えば、私の子供の頃の数字の数え方は、今考えると完全に間違っていました。
Q:どういうことですか?
A:小学校に入るか入らないかの頃だと思いますが、109の次が200だと思っていたのです。
Q:109の次が200?それはなぜですか?
A:19の次が20だから、それと同じと思ったのです。その頃、1から100までは体験的に数えることができました。しかし100を過ぎると101、102、103・・・否、漢字にしましょう。百一、百二、百三・・・というのが十一、十二、十三・・・というのとかぶってしまい、十九の次が二十であるように、百九の次が二百と思ったのです。そして九十九の次が百であるように、九百九の次は千とも思っていました。それはさらに先の数も同じで、千九の次は二千、一万九の次は二万、九万九の次は一億、といった数え方でした。
Q:大きな数がどんどんと近づいて来ますね!なんだか数学的というより、ことば的な数え方ですね。
A:まさにその通りです。1万を単位として掛けたり割ったりする本来の数字理論は全くなく、単にことばを当てはめたような数え方です。近年このことを思い出し、この数え方で数えたらどうなるのか、試しにやってみたことがありますが、400で4億になりました。
Q:すごいことになりますね!もし「本日のデパート来店者数を教えて下さい」等と言われたら「7億人です」とか言ってしまうわけですね。
A:ぶっ飛ばされるでしょうね。やはり子供の頃、百の上は千、千の上は万、万の上は億、億の上は兆、兆の上は京、などと、数を「名前として」聞いていたために、早くその数を使いたかった、結果を急ぎたかった、という心の表れではないかと、今にしてみれば思います。
Q:特に子供時代の好奇心を思うとなおさらでしょうね。
A:この「結果を急ぎたい」という心境は、広い宇宙のさらに外側を見たい(感じたい)という形で今も引き継がれているように思います。
Q:話は戻りますが、その一つの表れが、あの虹型の橋なのでしょうね。
A:そう考えると、やはり私にとってあの形は、単なる手癖を越えて、未知の物へ近づきたいと思う意味が、無意識に宿っているのかもしれません。
Q:例えば未知のものとは具体的に何が挙げられますか。
A:先ほど挙げた、宇宙のさらに外側というのはもちろん、多くの人も考える、前世、また死後の世界などはその代表でしょう。
Q:では次回はそのあたりの話もお聞きしましょう。