宮島永太良スペシャルレポート「横浜トリエンナーレ」に寄せて!
今年も3年に一度のアートの祭典「横浜トリエンナーレ」が幕を開けた。
会場の一つとなった横浜美術館にも斬新な作品の数々が並ぶ。 特に目を引いたのは畠山直哉氏による、6年前の東日本大震災の被災地の現状を伝えている写真だ。 オランジュリー美術館のモネの「睡蓮」のように、壁一面を円形に囲んだ展示方法が臨場感を伝えている。 この作品たち、11月5日のエンディングまで、どれだけ多くの人の目に触れることだろう。
昨今、各市町村や自治体がアートフェアを開いて町おこしをするといった動きは多い。 しかし、どれもが成功しているかといえばそうとは言えず、残念ながら終わってしまったものある。 そんな中、この横浜トリエンナーレは6回目になるのだから成功していると言える。 また横浜のような魅力ある町だからこそ、多くの人が集まるし、集まれば関心の率も高くなる。 そうした連鎖がうまく作用し、実現できているアートの祭典でもあるだろう。 これからの多くのアートフェアにも課題を投げかけてくれることが期待される。 だが、その町に人が集まることと、アートを楽しむことを両立させるのは、実はそう簡単なことではなく、そもそも日本ではアートは非常に多くの人に親しまれているとは言い難い。 現代アートならなおさらのことだろう。
アートは「わからない」という人もまだ非常に多いからだ。 アートには作者個人の内部世界を表現しているものも非常に多い、というのも理由だろう。 かつて落語の世界で古典落語は昔の言葉が多くて、理解できない人も増えているのではないかと論議になったことがあった。 「なんとなく面白いとは思うけど細かい箇所が わからない」という若者も多かったのだろう。 その時「分かる人だけ楽しめばいい」という意見と、「今の言葉や解釈に変換するのも必要」という意見に分かれたという。 現在も落語が親しまれ続けていることを考えると、後者の動きがあって正解だったが、アートに置き換えると、落語の「古くて理解できない」が「個人的すぎて理解できない」と言えるだろうし、実際、そう思われていることも多いのではないだろうか。 町おこしは一種のお祭りの要素がある。 昔から、お祭りといえば観客のターゲットが絞られているわけでなく、子供から大人まで、まさに老若男女が楽しめる場として賑わっている。 アートという難解さを含む文化が、誰もが集まる「お祭り」の世界にどれだけ踏み込んでいけるのか。 多くの人がアートからメッセージを受け取れたら、こんなに楽しいことはない。 しかし現状はまだ遠く、アートの表現とは何であるか。 また人はそれをどう理解し、自分の中に吸収するか。 そういった啓蒙の場の提供も、アートフェアがまずできる役割になって来るのではないだろうか。 今回の横浜トリエンナーレにもぜひ期待したい。
■ 横浜トリエンナーレ HP ►
「未来への医療とアート」横浜で初開催!
昨年11月から始まり、好評を得ている宮島永太良主宰の勉強会「未来への医療とアート」の第3回目が、銀座のミーツギャラリーを離れ、「ArtQ展vol.9」の会場であり、横浜/港の見える丘公園近くの岩崎ミュージアム(ゲーテ座)のホールに場所を移し、8月1日17時から行われた。
今回の勉強会の舞台に登場したのは宮島に加え、友人でアーティストのAQRAさんとロコ・サトシさん。
会は宮島の司会進行で、かつて行われた勉強会の内容紹介からスタートし、メインの鼎談では緑内障を患い、何度もの手術を経て以前の様に絵を描けなくなったAQRA氏の心身共にきつい治療中や手術後の体験談に加え、そのAQRAさんを、昨年末から独自の制作方法を伝授することでサポートする先輩で友人のロコ・サトシさんが、病気から逃げず、深刻にならず、しっかり向き合いながら創作を続けて行くことについて素直に語り合い、聴衆の視線を集めた。
信号の色の判断さえも危うくなったというAQRAさんに、円を手描きするレッスン等を勧めたロコさんの考えや意図、この夜しか聞くことのできない少し重めのテーマは、「病」は決して遠くの世界の出来事ではなく、身近な存在だと伝えていた。 と、同時に宮島主宰の勉強会「未来への医療とアート」の大切な役目を知った雨の夜でもあった。