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住谷重光さんとの対談!  前編

 

住谷重光さんと宮島永太良
 

◎住谷重光(すみたにしげみつ)さんプロフィール

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画家
1950年7月18日兵庫県神戸市生まれ、蟹座、O型
1977年3月国立東京芸術大学油画卒業
神奈川県大磯町在住
「湘の会」主宰
町田よみうり文化センター講師
小田原カルチャーセンター講師
あらたま会会員
*個展、グループ展多数
詳しくは、
HP http://atelier-sho.jimdo.com ► へアクセス!

 

嵐が去った5月上旬、大磯で住谷重光さんと宮島永太良が間近に迫った
「あらたま展」、絵画制作についてじっくり語り合った。

宮島永太良(以後 M):今日はよろしくお願いいたします。 
前半では、間も無く始まる「あらたま展」について伺います。
住谷重光さん(以後 S):はい、ところで第39回を迎える「あらたま展」ですが、
宮島さんは何時から参加していますか?

宮島永太良

M :初参加は2001年です。  当時、銀座で住谷さんにお会いし「あらたま展」のことを聞き、お願いして参加させていただくことになりました。  今年で16年になります。
S :そうですか! ずっと一緒の感じなのでもっと長いかと思っていました。

M :以前から「あらたま展」に参加されている方はご高齢の方々が多いのですが、皆さんお元気でいいなと思っていました。  ところが里見敏郎さんの訃報に接し、人生、人との出会いと別れの身をもって経験、ここに来て一抹の寂しさを感じます。
S :私も「あらたま展」は途中からで20年目ぐらいですが、里見さんには良くしていただきました。  二人でスケッチ旅行をしたり、近くで絵を描いたりしました。  諸事情で家業の和菓子屋さんを継いだ里見さんですが、本当は絵描きさんになりたかったそうです。  でもね、素敵な和菓子を作りながら、絵を描いていたのだから、幸せな人生だったと思います。  今回は遺作が展示されますね。  亡くなってから、奥様から何度も電話をいただきましたが、生前、里見さん「あらたま展」には、とても感謝していたそうです。

筆

M :私も関わることができて良かった。それにしても、里見さんは似顔絵も描き、絵の幅が広かったですね。
S :加えて感覚が若かった。  パソコンも扱い、常に新しい素材を取り入れ、多分野のことを知っていました。

M :そうです。  今のアイドルの顔も描いているのには驚かされました。
S :とにかく「あらたま展」のメンバーは人間味のある方が多いです。  創設メンバー清原太郎さんの本業はタコ焼き屋さん。  そのお店の近くに行きつけのスナックがあり、メンバーはそこに集まっています。

M :私も1度だけそこへお邪魔したことがあります。
S :ところで話は変わるけれど、「あらたま展」が始まった頃、宮島さんはお幾つ?

M :昭和52年だから、小学校6年生でした。
S :そう言えば、「あらたま展」には色々な話題があります。

M :彫刻を出品されている高井正二さんは、偶然、私の小学6年の担任/二宮先生の友人。  それが縁で二宮尊徳の子孫にあたる二宮先生最後の赴任先の小学校に「種まきをする二宮尊徳像」を作ったそうです。  私たちが知っている「歩きながら本を読む尊徳像」は、社会環境が違うので現代の子どもには合わないようですね(笑)。
S :今回も高井さんは出品されますが、宮島さんは高井さんのご自宅に行ったことがありますか?  良い所ですよ。  機会があれば、ご一緒しましょう。  ところで、宮島さんは「あらたま」に入ってどんな感じ?

絵具

M :生まれ育った小田原を離れてから加入したので、「故郷に帰る」良い緊張感があります。
S :それは大きい。  確かに「あらたま展」参加者は小田原市外、鎌倉、長野、大阪、東京といった外の人が多いです。  でも、ほぼ全員が超短期関係なく、小田原に住んだことがある人で、やはり「里帰り」感覚で参加しているみたい。

M :私もそのケースです。  でも小田原生まれの方もいらっしゃいますよね?
S :もちろんです。  清原さんが代表格じゃないですか。  ただ面白いのは、絵とは別の場面で出会っているケースもあります。  例えば、加藤恭夫さんが生まれたのは、私が住んでいる大磯のマンションの目の前。  何故わかったかと言えば、品の良いおじいさんが、いつもお地蔵さんに水をあげていて、その方と何気ない会話を交わした時、加藤さんのお父様と判明。  それも縁なのかもしれません(笑)。

M :考えたら私にとっては高井さんがそうです。  あと「あらたま」とは別ですが、絵を通して父の昔の同僚/友人と再会したことがあり、父がその方の描く絵を「難しい」と評していたことがありました。  ついでと言ってはなんですが、かつて父も絵画コンクールに箒とチリトリを描いた絵を出したことがあるそうです。  ただ、その時の審査員に「絵はもっと美しいモノ」を描かなければダメだと言われ、題材選びから間違っていたと思い、描くことをやめたそうです。
S :心無い言葉ですね。  絵の題材は自由、何を描いても良いと思います。  宮島さんのお父様と言えば、以前「あらたま展」にいらした時、同行の方に「絵は単に見るだけではなく、家に掛けて見るのが大切!」と言っていたのが頭に残っています。  その言葉から絵もお好きだなと思いました。  ご両親は絵に対してどうですか?

住谷重光さんアトリエて

M :二人とも描くことはしません。  ただ母は若い時から絵を見るのが好きで、小田原の自宅には、ゴッホ、モネ、ルノアールらの画集がありました。  で、幼稚園に入る前から見ていた記憶があります。  私は中でもゴッホがお気に入り。  いたずら描きするのが好きで、ゴッホの自画像の真似をしていました。
S :ゴッホは究極の画家。  彼は、「日本人は花の様に生きている」と言ったそうだから、日本を正確に捉え、好きだったに違いありません。  あと、宮島さんのお母様が、幼い頃から宮島さんが絵を描く姿を愛おしそうに語ってくれたのは印象に残っています。  宮島さんのご両親は芸術に関して理解がありますね。

M :ありがとうございます。
S :あと、「あらたま展」の特徴って何があるんだろう?  割と「俺が、俺が」が少ない世界で、メンバーはバラエティーに富んでいます。

アトリエ 湘

M :確かに論争は少なく、個性的な方がたくさんいて、展示作品からもそれが垣間見えます。
S :でも、メンバーは絵に対して真面目。  最近はレベルも上がっていると感じます。  身内だけではない来場者の増加が、端的にそれを表しています。  加えて清原さんの「おもてなし精神」も一役かっていますね。

M :清原さんが一番上になりますが、世代的にはどうですか?
S :現在は「団塊の世代」が中心です。

M :私が最も若輩ですが、以前、より若い女性が一人参加したと思いますが?
S : あまり覚えていませんが、宮島さん世代がもっと入ってくると良いですね。  誰かいませんか(笑)?  あと、私は個人的に「あらたま展」を通して、ノンビリした温かい小田原の良さを知った気がします。

M :小田原出身者には嬉しいお言葉です。  私、実は「あらたま展」を通して、小田原の町おこしも考えているのですが、それは今後の課題です。
S :やはり、これからは宮島さん世代に頑張ってもらいたいですね(笑)。

住谷重光さんと宮島永太良

後編に続く…

(文・写真 関 幸貴)
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