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☆ 名言迷路 卍 迷言名路 ☆      宮島永太良

このページでは、私が今までに聞いて興味をもったワンフレーズを紹介し、
それを考察しようというものです。
史上言い継がれてきた諺、偉人の言葉から、
著者の周り近所の人が発した言葉まで様々ですが、どれもこの世の中に暮らす人にとって、
何らかのヒントになるのではないかというものを挙げています。

〇 善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。
      (善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる)

 これは浄土真宗の開祖・親鸞の言葉として「歎異抄」の中で説かれている言葉である 。  
一見すると「悪人でさえ救われるのだから、善人はなおさら救われる」の間違いではないかと思われるかもしれない。

窓

 私は子供の頃、やはりこの言葉を聞いて、最初「どうしてだろう?」と思ったが、それから考えて、次のような結論を自分なりに出したことがある。  「人間誰しも生まれた時からの悪人などいない。悪人になるということは、成長するうちに様々な理由と経緯から、心に悪いエキスを植え付けられてしまったからである。  ならばむしろ悪人のエキスを植え付けられてしまった人の方が、善人よりも哀れだから」という意味ではないのかと。

 また、「悪人というのは生きている間じゅう人に恨まれ続けるから、善人より可愛そうなのではないか」という意見を言った人もいた。  後に私が聞いたこの言葉の真意は「仏に全てを託す」ことを意味していた。  親鸞の浄土真宗、また、その源である法然の浄土宗では「南無阿弥陀仏」と唱える全ての人は、死後、極楽浄土(簡単に言えば天国)に行ける、という教えを持っている。  ご存知のように「浄土宗」「浄土真宗」という宗派は、阿弥陀如来が本尊であり、この阿弥陀仏が全てという意味で「南無(これ以上はないという意味)阿弥陀仏」という言葉(念仏)を唱えることが基本となっている。  なので、この宗派では「南無阿弥陀仏」と唱えること、イコール救われる(死後、極楽浄土へいける)ことを意味している。  さらには唱えなくとも、阿弥陀仏は私たちを自動的に救いの世界へ導いてくれる、という考え方がされるようになる。  これが「他力本願」であり、阿弥陀仏の救済思想の基本である。  善い行いをしようとする者は、自ら救われようとするので、阿弥陀仏への救われる依存度は100%ではないが、悪い行いをする者は100%阿弥陀仏に依存しているということで、その救われ方の度合いは高いという理論だ。

阿弥陀仏

 しかしながら、完璧な善人などこの世にいるであろうか、という問いも、この言葉から浮かび上がる。  どんなに善良に思える人だって、嘘をついたことくらいあるだろうし、人に迷惑をかけたことだってある。  また生きるためには、自ら手を下さないまでも、殺生された生き物(動物であろうと植物であろうと)を食べざるを得ない。  結局は、すべて神仏(ここでは阿弥陀仏)に許しをこうしかないのではなかろうか。

「名前は忘れたが、以前ある女流文筆家が「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」を次のように解釈していたのを思い出す。  大意になるが「善人というのは、悪いことをしないので、人に恨まれることなく、平穏無事に一生を過ごすのでその人生の価値は低い。  しかし悪人は悪いことをして人に恨まれる、という誰しもができないことをやるから人生の価値は高い」というのだ。  しかしこの考え方になると「悪人は自ら恨まれ役を買い、辛い思いをして立派だ。  悪いことをした方が望ましいのだ」ということになってしまわないだろうか。  そうなると自分を正当化するために、悪いことし放題という人間も出て来かねない。  そうしたことまで考えての解釈かは甚だ疑問だった。  「悪人も救われる」と いうこの言葉は、決して都合のよい言葉ではないのである。  地獄か極楽かは、すでに生きている時に体験している、という意味の言葉もかつて聞いたことがある。  文そのままではないが、「肉親の命さえ軽んずる者、これ生きながらにして地獄なり。  道端に咲く花にさえ命の尊さを感じ取る者、これ生きながらにして極楽なり」というような言葉だった。  あなたが「救われたい」と思うなら、自分が悪人か善人かを考える前に目の前のものを救ってやることかもしれない。  あなたがどういう者なのか評価されるのは、ずっと後の世になってからなのだから。

宮島永太良

お知らせ
「卍」をいつもお読みいただき、ありがとうございました。今号で最終回です。
次号から、装いも新たに宮島永太良の新エッセイを隔月で掲載予定です。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。

(撮影:関 幸貴) 
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