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Road : つれtakeロード

 

雨の那覇で…

 
雨の那覇で

 東京ではゆっくりと冬に入った12月初旬、宮島永太良はまだ暖かさが残る沖縄に行ってきた。今回の「つれTAKEロード」は沖縄県那覇市で6年ぶりに行われるファンケルキッズベースボールチャレンジ(FKB)を記念してのものである。前回FKBがこの地で行われたのは2013年12月のことだった。今回は6年ぶりに、また同じセルラースタジアムで元野球選手のそうそうたるメンバーを迎えての開催にいたった。宮島は前回を回想する。
「前回は事情あってマルタがいながら動くことができない?というハプニングがありましたが、今回は準備万全、訪れた子供たちと握手や記念写真で盛り上がりました」。ただ前回の晴天と違い、今回の沖縄かなり荒れた天候だった。本州より暖かいとはいえ、こちらでは珍しい寒波といってもよく、暴風雨を思わせる時さえあった。そんな天候の中、キッズベースボールはセルラースタジアムの室内競技場で行われた。

雨の那覇で

 宮島は12月7日の大会に先駆けて沖縄入りした。6年の間に沖縄、特に那覇でもいろいろと変化があった。まず嬉しいこと。それは那覇空港から出ているモノレール「ゆいレール」が首里から先まで伸びたことである。沖縄の電車文化もより発展していく兆しとなった。

ゆいレール

 そして悲しいこと。それは、あの沖縄のシンボルともいえる首里城の正殿が火事で消失してしまったことだ。今回のレポートのわずか1ケ月ほど前のことであった。沖縄が大好きであり、そして首里城にも思い入れの深い宮島にとっても、やはり首里城はどうなってしまったかが気が気でなかった。
「空港に着いたら首里城のことが気になり、雨でしたが、まず現地へ急ぎました」。
首里城公園に着いてはみたが、どこの門も閉まっていて門番がおり、中に入れなかった。そう、あの火災以後、入場制限が行われていたのである。入場料を支払って入っていた場所はすべて閉まっている。それでも火災直後に比べたら、少なくとも外側はかなり安全が確認され、入場可能にはなったようだ。しかしこの状態でも中国など海外からの観光客も多く、風雨にもかからず、盛んに記念写真などに熱狂していた。お土産屋とレストランはやっているとしても、本体が見れないながらこれだけの観光客が来るのだから、やはりみんな早くの復興を願ってるのだろう。今回間近では見られなかったものの、遠くからは焼け跡と見られる正殿の姿がわずかに確認できた。

首里城・正殿

 その後、首里駅から延長したゆいレールに乗り、新しい終点・てだこ浦西まで行ってみる。こちらは那覇市隣の浦添市に位置し、沖縄でははじめて那覇市以外に鉄道が通ったことになる。とても近代的な未来建築を思わせる駅舎ではあるが、周りには民家や店舗などがほとんどなく、まだ開発中の町といった印象だ。

新しい終点・てだこ浦西

 宮島永太良はかねてより晴れ男の定評?があるが、この日もこんな暴風雨にもかかわらず、少し雨のやんだ時間帯があり、雲の向こうからうっすら日の光さえ除いていた。そんな中寄ってみたのは、上にゆいレールを掲げる「ひめゆり通り」沿い。おもろまち、安里、牧志といった地域は、それぞれ独特の趣を持っている。おもろまちでは近年開発が進み、沖縄でも有数の免税ショッピングセンター「DFSギャラリア・沖縄」もここにある。そして安里は、那覇の中心を流れる安里川に由来した地名であるが、ここの栄町商店街が気になる。観光客こそあまり来ないようだが、その歴史を刻んだ風格、懐かしさの溢れるこの小さな商店街には、周辺の人たちが野菜や食材を買いにきたり、また立ち飲みをして行ったりと、現地の生活感が垣間見られる興味深い場所だ。場所だ。

「ひめゆり通り」沿いの風景

 「いつも間にか、自分もこのあたりで一日時を過ごしていたのではないか、そんな錯覚とともに、時を忘れさせてしまう場所でした」。ひめゆり通りをさらに進むと国際通りの入り口・牧志の方面に向かう。国際通りを経て見栄橋、前島に向かうあたりは宮島も大変思い入れの深い場所である。前回沖縄を取り上げた時も、赤瀬川原平氏に師事した思い出に溢れていた場所だ。

牧志方面へ

 このあたりを流れる安里川の河口には那覇港・泊ふ頭があり、ターミナルビル「とまりん」とともに、沖縄の海の玄関となっている。渡嘉敷、座間味、久米島などの県内の離島へわたる船もここから出港している。ここで偶然売っていた弁当が印象的だった。以前テレビで、沖縄の市販弁当はごはんが見えないほど盛りだくさんのおかずが乗っていると紹介されていたが、まさにその通りのものであった。焼き魚や肉、コロッケ、ちくわなどいろいろ入っていながら、名前が「コロッケ弁当」なのは、この中でコロッケがリーダーということか!

ターミナルビル「とまりん」

 そしていよいよ12月7日、キッズベースボール本番を迎える。沖縄では珍しい寒波、雨と風に見舞われた中ではあるが、幸いにして室内競技場も完備しているセルラースタジアム。今回は久々の原辰徳巨人軍監督がキッズベースボールの監督としても参加、その他、久保文雄氏、槇原寛巳氏、斎藤雅樹氏、武田一浩氏、村田真一氏、笘篠賢治氏、高橋由伸氏、大野倫氏と豪華メンバーだ。また今回マルタの見ている前で、原辰徳氏と高橋由伸氏の巨人軍新旧監督どうしのキャッチボールが見れたというのは貴重な体験だった。参加した子供たち=選手(注)も400人を超え、大盛況となったこの大会。今回のマルタは前回の分まで頑張ったようだ。

キッズベースボール

 沖縄が日本に返還されて47年。戦後アメリカに統治されていた27年間をゆうに超え、もうすっかり日本の地として定着している。「琉球がもともと独立国だったこともあり、近年は『沖縄はまた独立国をめざすべき』という話も少しずつ聞きますが、やはり日本人として、この魅力的な地が同じ国内にあるというのは嬉しいことだし、また近いうちに訪れたいと、行くたびに思えてなりません」。

(注)「ファンケルキッズベースボールチャレンジ」では、参加してくれた子供たちを「選手」と呼んでいる。

(文・写真 宮島永太良)

 
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