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ミッケルアート開発者・橋口論さんと宮島永太良が語りあった! 前編

 
 
橋口論さんと宮島永太良
 

◇橋口論(はしぐちりん)さんプロフィール

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1982:宮崎県宮崎市出身
静岡大学発ベンチャー企業・株式会社スプレーアートイグジン 代表取締役
ミッケルアート開発者/ホスピタルアート普及協会 代表理事
経歴
2001:静岡大学工学部機械工学科入学
2002:短期留学先のカナダでスプレーアートに出会い、帰国後独学でアートを学ぶ
2005:静岡大学工学部機械工学科卒業
2007:静岡大学大学院理工学研究科博士前期課程修了
    静岡大学発ベンチャー企業・株式会社スプレーアートイグジン設立
2010:ミッケルアート開発
2013:日本認知症ケア学会石崎賞受賞
2014:日本認知症予防学会浦上賞受賞
2017:ミッケルアート映像版考案
2018:ミッケルアートキッズ版考案

ミッケルアート開発者/橋口論さんの思い
(ミッケルアートホームページ会社情報「ご挨拶」より転載) https://www.mikkelart.com
静岡大学発ベンチャー企業 株式会社スプレーアートイグジン代表の橋口論と申します。私はこの会社を「アートを通じて社会問題を解決していきたい」という想いから設立いたしました。ご縁あって、介護施設の壁画を描くお仕事をいただいた際、その施設のご利用者様から「私の思い出も描いてほしい」と言われました。このことがきっかけで、利用者様が本当に求めているケアと介護業界が抱える問題(特に人材不足)の両者を解決へと導くものができないかと考えるようになりました。こうして生まれたのがミッケル(=見つける)アートです。ミッケルアートは、高齢者の方でも見やすい色彩・タッチで描かれており、題材は「茶の間」「懐かしい故郷の風景」「四季折々に見られる光景」など様々で、その数は2000を超えています。 絵の細部にわたり、会話を自然と引き出す工夫がされているのが最大の特徴です。 絵1枚で、会話を引き出すことができることから、使い手を選ぶことなく「新人スタッフでもできる認知症プログラム」として高い評価をいただいております。これまでにミッケルアートによる認知症予防効果は、東京医科歯科大学との共同研究を行うなど、毎年学会発表させていただいております。

ミッケルアート

(写真提供:橋口論さん)


☆10月中旬の宵、二人はミーツギャラリーで語りあった♪

宮島永太良(以後M):よろしくお願いします。実は、橋口さんとお会いする前からミッケルアートに注目していました。と言うのも「一般財団法人健康とアートを結ぶ会」設立以前からアートを健康に役立ている動きはないのかとネットで探っていたところミッケルアートに行き着き、ひと目見て素晴らしい取り組みをしているなと思ったのです。そして、縁があり村岡ケンイチさんの紹介で2018年11月に橋口さん初めてお会いし、その後もホスピタルアート普及協会の会合で何度も顔を合わせていますが、こうしてじっくり話せる機会は初めてなので、今日は色々教えてください。
橋口論さん(以後H):ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

M:最初の質問です。スプレーアートイグジンと言う会社の名前から、橋口さんはスプレーで絵を描くスタイルですか?
H:スタートはそこです。

橋口論さん

M:ホームページ等を拝見していると、大学時代に初めて美術や絵を学んだとか?
H:大学は機械工学が専門でした。大学2年の時にカナダに短期語学留学し、街中で壁画を見てカッコイイなと思い、元々絵を描くのが好きだったので自分でも始めてみたいなと思いました。帰国してからベニアとスプレー缶を買い、まずアパートの自分の部屋で養生テープを敷き、換気を考えて窓やドアを明け、シューシュー描いていました(笑)。でも、やはりこれでは体に悪いなと思い、大学構内の端っこで草刈りをして自分のアトリエ的なスペースを確保、道行く先生たちに挨拶しながら練習をしました。絵をもっと上手くなりたいと思い、色々な本屋で「一週間で描ける手の描き方」等の手引書を購入して、喫茶店で絵の練習に励みました。

M:では、完全に絵は独学?
H:はい、そうです。

M:最初は何を描いていたのですか?
H:日本画の武者絵を模写していました。学生時代、レゲエやヒップホップが流行り、その影響でダンスやDJをやる人がたくさんいました。私は新宿のクラブに電話して、帽子に絵を描くブースを出させて欲しいと頼んだり、ライブペイントをしたり、そこから壁画の仕事をもらったりして、少しずつ「絵を売る」のを基本に誰を喜ばせればいいんだろうと考えながら描き続けました。

M:では、ミッケルアートを考えついたのは? また、医療系には関心があったのですか?
H:介護施設に壁画を描くことがきっかけでミッケルアートを開発し始めました。

M:介護施設で何があったのですか?
H:入居者さんの様子を見ると、会話が少ないのだなと感じました。私は入居者さんに「僕は絵描きですけど、何か絵を描きましょうか?」と言ってのが始まりです。誰かと誰かが話し始めるキッカケになるアート。コミュニケーションを通じて、その人の日常が少しでもより良くなればと思いました。そこで、医師や看護師、作業療法士、介護士ら医療分野で働く人をより知りたくなり、「最新老年看護学」「作業療法学」等、多数の専門書を読み、現場取材を繰り返しました。各医療分野で方々とディスカッションしたり、850人以上の高齢者にアンケートを実施することで、2010年にミッケルアートが生まれました。

橋口論さんと宮島永太良

M:独学で絵を本格的に始めたのは20歳過ぎ、その頃から橋口さんは、何かの役に立ちたいということが根本にありましたか?というのも美大とかに入る人って、そうした余裕がなく、やりたい表現に突き進むのです。そして、私自身もそうでしたが、ある年齢になって誰のために絵をやっているのかとやっと考える。橋口さんは、それと違い「誰かのため」と言う思いがハッキリしていたのではないのでしょうか?そうなら幸せだし、良い流れになっていると思います。
H:ありがとうございます。私はとしては、今も小学校の時にクラスで絵がうまい子で1〜2番を競っていた頃と同じ、ドラゴンボールの絵を描いて友だちにプレゼントしている感覚です。なので、自分がうまい絵を描けるのも嬉しいけれど、人に喜んでもらうことが大好き。友だちの「りんちゃん、もう一回描いて!」の言葉と同じ感覚で人々に接しています。一般的にアーティストは、自分の作品を作り、それに共感する人が集まるモデルだと思います。私はクライアントのために仕事で描き、価値を見出すデザイナーに近く、アートデザイナーだと思っています。介護医療分野では、「高齢者が思い出を語りやすい社会づくり」というミッケルアートのコンセプトに共感する人々を集めることを目指しています。とにかく、アートを通じて、会話が生まれ、高齢者の日常が豊かになればと願っています。

M:重なる部分があります。私はアーティストの世界から入ってしまいましたが、初個展は遅く30歳過ぎ。画廊のグループ展募集から入ってしまったので、周囲はアーティスト思考。「分かりやすいモノを作っていたらダメで自分のやりたいことを追求しろ」みたいな空気。それを聴いていてもしっくりせず、人のためにも描きたかった。何故分かりやすい様にしてはいけないのかなと疑問だったし、みんながみんな同じではないから、10年以上経って、私は人のために描きたいんだなと分かりました。だから、今は誰か喜んでくれる人が大事なのかなと思います。だから、私から見ると橋口さんの仕事は理想的です。
H:ありがとうございます。私は、「橋口さんは理論的に行動していますね」と言われますが、実際は、毎日の仕事はとても泥くさいものです…。毎日どうすれば一歩進むか…という敗北感の連続です。

宮島永太良

M:次に制作についてお尋ねします。ミッケルアートに描かれている大正から昭和の絵って、橋口さんお一人で描いているのですか?
H:いえ、アニメのように分業体制にして、いろんなスタッフさんの力を借りています。アートの下絵と仕上げは私が担当しています。会社の経営方針として、「アートの工業化」を掲げており、仕事内容を細分化して、担当者毎に自分のやりたい仕事を選んでもらうという組織体制です。

M:それは絵を描ける仕事をしたい人には朗報、将来に新たな可能性が見えてきますね。
H:「アートを通して社会課題に取り組む」これがわが社の理念です。学生時代は、オーダーメイドのアートで一人のお客さんのために描いていました。会社を設立直後は、商店街の活性化のためにアートを描きました。それらを経て、少子高齢化に目を向けることで、人とのコミュニケーションが希薄になっている社会や、認知症の方が増えている社会で起こる課題を考えるようになりました。

橋口論さんと宮島永太良

M:きっかけがアートなのが素晴らしい。でも、最近では幼児向けのキッズ版ミッケルアートもありますね。実は、最近マルタも保育園をいくつか回って読み聞かせ等をやっていますが、保育園が多いですか?
H:はい。開発中のキッズ版に関しては私の情熱を買ってくれた24ヶ園と契約ができました。でも、1年間はこれ以上契約園を増やさないことを決め、その間に仕組みを構築しようと考えています。仕組みを構築するために、私自身100ヶ園を訪問し、1000人のアンケートを集める目標を立てました。この取り組みを通して、保育現場のニーズをや保育者の視点を把握し、どのようなアートが保育現場で求められているのかを見つけます。これによって、現場目線の仕組みになるかなと思います。現時点(2019年10月15日)で74ヶ園、624名のアンケートを集めました。

M:日本中を訪ね回っているのですか?
H:主に東京と大阪です。今後は名古屋へも向かう予定です。

 

次号へ続く…

 
(構成・写真/関 幸貴)
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